思うところあって、noteとインスタを始めることにしました、というご報告を。
かつて、書くことが大好きだった。
(どれくらい好きだったかをあらわすのに、大学時代には「100人にラブレターを書く」という企画を自分で立てて書きまくっていた時期があった、というのは説明になるだろうか。ラブレターと言っても恋愛的なものではなく、ただ大切な人たちに、ひたすら敬意や感謝やいろいろを伝えるものだったけれど、けっこう真剣に、一通一通手書きで書いていた。結局100通には至らなかった。でも数十通は書いたと思う。待てよ、レポートはそんなにさらさらとは書けなかったから、書くのが好きなのは、手紙とかメールとかだったのかもしれない。)
とにかく、書くことはただただ楽しかった。
厳密に言うなら、「書くこと」というより、自分の内側にあるまだ明確にならない何かを、根気よくていねいにたどって、的確な言葉に結び付けていくその地味な作業が、そのプロセスそれ自体が、自分の滋養のようなものだったのだ。(このあたりは、このひとつ前のブログで書いた、自己流のフォーカシングと深く関係しているのだと思う。)
そして、そうやって書いたものが、何らかの力?エネルギー?をもって人に届くことも知っていた。
「楽しかった」、と過去形で書いているのは、ここ数年(「数年」どころじゃないか)、もう長らく「書く」ことがすっかりむずかしく感じられるようになってしまっていたからだ。
かつてのびのびと感じていた跳ねるような楽しさが、いつからか、薄く、暗く、まずしくなってしまったから。
ずっと、ずっと「書きたい」とは思っていたのだ。それでも、書こうとするとどうしても苦しかった。
理由を探せばいろいろなものが思い当たる。(でも今ここでは書かない。)
では今、なぜこうして書いている(書けている)のか?
(大丈夫!すごく楽しく書いています。)
それにもいろいろ事情があるのだけれど、これも今は書かない。
今はひとまず、今日のうちにこの投稿をすることが、何か私の中で光っている重要な目的なのだ。
(そこらへんも、なんだかよくわからないけれど、どうしても今日。今。)
鍼灸マッサージ師なのに!
まるで施術や仕事とは全然関係ないことを書いている(ようだ)けれど!
たぶんこれは、何かちゃんとつながっていること。いずれつまびらかになるであろう、(でも今はまだうまく取り出せない)何かがある。あります。
と、私の内側が言っている。
(このフラグ、こわいよー。回収できるのかな)
今日はこの勢いのまま、リリースします。
今後はnoteもインスタもこのブログも、おおむね同じ内容を各所に置くことになるのではないかと思っているのだけれど、そうなると3つをどう連携させていこうか?というのが悩ましい。(アイデア募集します。誰か詳しい人いませんかー)
でも今日、まずnote、次にインスタ、そしてここに渡って書き続けてみて、なんとなくその3つの位置づけが見え始めているような気がする。
ひとつだけ言うと、インスタもnoteも、自動的に多くの人が手にできる場所に置かれ、場合によってはどんどんリンクされていく。(そのためのものでもあるんだろう)
でもこのブログだけは、シンプルに、どのSNSにも自動的には紐づいて行かない。
(だから、こんなふうに、半端な行ったり来たりも書いていられる。)
このブログだけが、ほかよりも、奥まった部屋のような場所。しずかな。
この見つかるけれど見つかりづらいここに、今日の最後の(そしてブログとしては久しぶりの)文章を置く。
結論というか、結果というか
手はなめらかに動いた。言葉は次々と生まれた。
リハビリのような一日だった。
2026年3月5日、書くことの再生、おめでとう。
さてさて、次回はもうちょっと、わかりやすいことを書きますよ!(たぶん)
明日も変わらず、晴雨堂にいます。
これからも施術でみなさんにお会いできること、楽しみにしていますね。
